「死すべき身の目覚め」  松扉哲雄



 柏木哲夫(かしわぎてつお)とおっしゃるお医者さんがおられるんです。こ の方はキリスト教系の淀川病院で長い間精神科のお医者さんをしていらした方で す。

 あるときに、あと一月くらい(の命)かなあというような患者さんのところ に行ったんですね。そうしたら患者さんが、「先生、私の話しちょっと聞いてく ださいますか」。そこで先生が「一体なんですか」と言うと「私はもう駄目なん だと思うんですがね」と。そしたら先生が「何を言うんですか。医者も一生懸命 治そうとしてるんだし、だからあなたも一生懸命頑張ってくださいよ」とこう言 った。そうしたら悲しい顔をしてそれきり黙ってしまった。

 その方が、もうあと一週間持つかなあというところに、会いに行ったんだそ うです。そうしたら向こうのほうから「先生、ちょっと聞いてくださいますか」 と。「はあ、何でしょうか、お聞きしましょう」。「実は一月ほど前に、先生に 聞いていただこうと思って、口を切ったけれども、先生の言葉にさえぎられて、 私は申し上げることができずに黙ってしまったんです。病院にいると、お医者さ んも『頑張りなさい』、家族も『頑張りなさい』、看護婦さんも『頑張りなさい 』。
 『頑張りなさい頑張りなさい』ばっかりで、頑張る力のない私にどうして頑 張れとおっしゃるんでしょうか。それよりは、もうやがて命終わるについて、ど のようにして死を迎えたらよいか、そのことを語って下さったほうが私にとって は安心できたんですがね。それが『頑張れ、がんばれ、ガンバレ』で、それでと うとう私は口をつぐんでしまいました。先生、もうあと幾日もございませんから 、大変失礼なことを申しましたけれども、どうか患者達のこういう気持ちも汲ん でいただきたいものです」とおっしゃったんだそうです。

 それから以降、この柏木先生はこのことに気が付いて、もうあと一週間以内 でこの世をしもうていくであろうという病人に対しては、その人の手を握って、 黙ってしばらく見詰めて、やがて後に「私もあとから参りますからね」と言うこ とにしたというんですね。そう言うと初めて今まで暗い顔をしておった患者達が 初めてにっこりと笑って、それから死ぬまで本当に、顔の相まで明るく変わって いくという、そういう話をしておられるんです。

 こういう柏木先生が今度、病院を辞められて四月から大阪大学の医学部に移 られました。大阪大学に「死の教育」の講座が設けられましてね、そこへ教授に なって移られた。そうして、「生の教育につながる死の教育」という題で朝日新 聞の「論壇」という欄に文章を寄せられた。素晴らしい文章ですので、中味を紹 介したいと思います。

 最初の講義の時に学生が百五十人ほど集まったんだそうです。その学生達に ですね、自分の肉親であってもいいし、親族であってもいいし、あるいは知人で もいいが、死の間際にある人に出会ったことあるか、と聞いてみたんです。そう したら、百五十人ものお医者さんの卵の中で、人の臨終に立ち会ったものが一人 もいなかったというんです。

 これが日本の現状ですねえ。今じゃ日本では二十年前はまだ家の中で死ぬ人 もありましたけれど、今ではほとんど皆さん、病院でしょ。病院は延命(命を延 ばす)のために死ぬが死ぬまで色んな機械をガチャガチャやって、肉親だったら 残酷で見ておれんことまでやる。だから肉親までも外へ出して、死を迎えるんで す。ですから、死の間際に出会うということは、今では日本の病院ではほとんど 無くなってしまいましたねえ。

 そして先生はこうおっしゃるんですよ。「死に場所が家庭から病院へ移った 。だけどその病院では現在は人が死を迎えるにはふさわしい場所ではない」と。 そして、「日本の近代病院は、時間的に命を延ばす延命を最優先にしてきたと言 わざるをえない。だから、治療に導くことができなくとも、延命以外にできるこ とが多くあるのに(苦痛の緩和や精神的ケアがその代表であるが)、そういうこ とを日本の病院は一向にやらない。したがって病院は、人々の見看り方において ももっと真剣に取り組む必要がある。また一般の人々も、自分の死について日頃 から十分に考えておく必要がある」と先生は訴えます。
 さらに「戦後の日本人は、強さと生産性を第一に考えてきた。したがって、 老いや死を避けて通りたい、考えないようにしたいという風潮があるように思わ れてならない。この世に生を受けたものはだれ一人として死を免れることはでき ない。死はまさに現実なのである。それならば避けないでしっかり見詰めなけれ ばならないのではないか」とも訴えておられます。


(この文章は、門徒研修会での松扉哲雄先生のお話から抜粋したものです。)

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