大正中期のことだそうですけど、高光大船先生にまつわるお話なんです。 高光大船先生が御門徒の報恩講に、ある家へいらっしゃったんですね。そし たら、そこのあんちゃんですねえ、あんちゃんちゅうのは嫁もらう前の長男です ねえ。あんちゃんが、おうちにいらっしゃったんです。で、高光先生は、「おお 、あんちゃんも今日の報恩講に参ってくれるか、おお、ありがとう」と、こう言 うたんやね。そしたらあんちゃんはむっとして、「おらにとって今日は厄日や」 と、こう言うたんやね。「なにやったいね」と言うたら、「おらあ今日非番やで 、これから映画でも見に行こうと思うとったのや。父ちゃんもかあちゃんも手を するようにして『頼んこっちゃ、報恩講やさかい参ってくれ』と、あんまり頼む もんやさかい仕方なしにおるがで、おらにとって今日は厄日や」と、こう言うた 。 私はこの父ちゃんかあちゃん、偉いと思いますよ。我々はねえ、若いものが 参らん、若いものが参らんと口説きごとを聞くんです。けどもそう言うとる人が 、自分の子供や孫に「今日は報恩講や、今日は法事やで、参ってくれ」と、手を すって頼んだことがあるのか、この問題が今、問われとると思うんですよ。私は この父ちゃんかあちゃん、素晴らしいと思うねえ。 そしたら高光先生はね、「厄日でもなんでもいいけれども、とにかく滅多に 会われんげて。会うたのを幸いに、どうや、仏法について何か聞いてみんか」、 こうおっしゃった。これも素晴らしいね。これは僧分の問題ですねえ。我々僧分 が、報恩講に参ったり、法事に行って、そこの家の若いものにねえ、どうや、仏 法について聞いてみんか、と働き掛けたことがあるのかないのか。これが一つ、 問われますねえ。この二つのことがおろそかになっているところに、今日の若い 人達が参らんと、口説かねばならないような現実がここにあるということじゃな いんでしょうかねえ。 呼び掛けが大事なんですね。さっき申しましたように、人身というものだけ が目覚める能力を持っています。目覚める能力は持っておるが、目覚める能力が はたらくためには、呼び掛けが必要なのだ、と。呼び掛けに遇うために聴聞があ るんです。そのことを私達はねえ、忘れてはならんと思うんですがね。 ところで、そのあんちゃん、「おら仏法なんか聞いたことないし、何を聞い ていいか分らんわ」と言う。そこでこの高光先生は、かさねて呼び掛けをなさる んです。「まあそんなこと言わんとよう考えてみい、何かあるやろが」と重ねて おっしゃった。ところがこのあんちゃん、しばらく考えとったが、「おお、そや そや、ごえんさん、おらいつも朝起きて流しへ顔洗いに出ると、おらの顔を見る なり父ちゃんもかあちゃんも、顔見るなり、『仏法聞いてくれ、仏法聞いてくれ 』て、やかましてどんならんが、あの仏法てあら何じゃいの。くどくど言われて も分らんし、むつかし言われても分らん。たった一言でいいさかい、仏法とは何じゃ、教えてくさんせい」。 難しい注文やねえ。八万四千の法門があるんやからねえ。それを一言で語れ と。 ところがさすがは高光先生、すかさず、「仏法はなあ、鉄砲の反対じゃわい の」。こう言ったらなお御本人は分らんようになったのやねえ。「何じゃ、鉄砲 の反対。鉄砲の反対てな、何じゃい」。「鉄砲は、生きておるものを殺すのが鉄 砲じゃろ。仏法は、死んだものを生かすんじゃ」、とおっしゃった。そしたらあんちゃん、何を勘違いしたやら、「何じゃ、 あの棺桶入ったがを生かすのが仏法か」。「バカタレ、あれは死骸というがじゃ 。あれは死んだカスやがい。あんなもん死んだというがじゃないがや。」「ほん ならどういうものを死んだというがいね。」「おまえさんのようなのを死んだと言うんだ」とおっしゃった。 さあ、あんちゃん腹たてた腹たてた。「だらにすんな、おら生きとるわい」 と、手と足と動かしてみせた。「それは動いとるだけじゃ。おまえさんの商売で 言えば(この方は国鉄の蒸気機関車の運転手さんだったんです)、機関車に石炭 をパクッ、パクッと放り込んでやると、定められたレ−ルの上をカタコトカタコ ト走り出す。あれは動いとるけど生きとるんじゃない」。そうですねえ。機関車 は生きとるとは言いませんわな。動くだけでしょう。「あれは動くだけで生きと るんじゃない。おまえさんも、三度三度のまんまを口の中へ放り込んでやると、 習慣という定められたレ−ルの上をカタコトカタコト走り出す。それは動いとるんで、生きとるんでない」。 素晴らしいねえ。この一言がこの青年の目を覚ましたんです。それからこの 青年は高光大船先生に付いて、燃えるような勢いで仏法聴聞し、素晴らしい念仏 者として育ったという。 呼び掛けられれば目覚める存在、それが人間存在やね 。目覚める身、それが人身なんです。 (この文章は、門徒研修会での松扉哲雄先生のお話から抜粋したものです。) |