「『変わりたい』と願うあなたへ 」(Part 2)


崩壊する価値観

 家庭崩壊・学校崩壊・地域社会の崩壊など、現在は”崩壊”の時代だと 

いう。いままで常識だと思われていたものや大切にしていたことが、今日 

においては通用しなくなったというのだ。友達は信じられないし、親や学 

校の先生は当てにならない。ましてや政治家は信用ならないと、なんにも 

当てにならないそうである。また、ある新聞のアンケ−ト結果に今の多く 

の子供たちは生活にストレスを感じ、それが原因とされる肩こりに悩まさ 

れているという報告がされていたが、何か社会全体が「出口の見えない」 

そんな状況になっているようである。                 


暗躍するカルト宗教 (変わりたい症候群)

 殺伐した状況の中で一種の清涼剤のようにチラシが舞い込んでくる。  

  あなたを変えてみませんか                   

と。自分を変えることで未来が見えてくるのだという。まるでテレビゲ− 

ムのように経験値を積めば自分が進化して将来は幸せになれるといわんば 

かりである。実はこれはカルト宗教の誘いのチラシであり、現に多くの人 

達が真面目な気持ちで入信している状況がある。しかし本当に自分を変え 

ることや高めることが、問題の解決になるのであろうか。たとえ変わった 

と思っても、問題がなくなるわけでもないし、もし本当の荒波がきたとき、

果たして越えられるのであろうか。                  


老病死を見る

 お釈迦さまが道を求めるきっかけ(出家の動機)となったところでお経 

には、『老病死を見て世の非常を悟る』と説かれている。        

 「老病死」とは、私の大切なこの身体が崩(こわ)れていく「いのちの 

相(すがた)」であり、たとえ高められた自分でも変わった自分であって 

も、その自分が必ず崩れていくという事実を押えた言葉である。その現実 

を見据えたお釈迦さまは「世の非常を悟る」といわれた。つまり、変わる 

ことで高めることで幸せになれると思っていた私の価値観では間に合わな 

いということを悟ったのである。そしてお釈迦さまは道を求められたので 

ある。                               


唯我独尊

 思うに、自分を変えたい、変わりたいという気持ちはとても自然な気持 

ちではないだろうか。ただ、どう変わるかということではなく、なぜ変わ 

りたいのと自問していただきたい。もしかしたら人と比較したり、世間の 

価値観に振り回されたりしているのではないか。案外、時間がたてばどう 

でもいいことで自分を傷つけ、否定しているのではないか。       

 仏教では「天上天下唯我独尊」という言葉があるが、私のいのちは本来 

「比べたり意味づけしなくても尊い存在」だと教えてくれる。私たち一人 

ひとり比較する必要のない私に出遇うことが大事なのではないでしょうか。

  



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