○気が小さくて自己主張できず、損ばかりしている。こんな自分を変えた
い。
○かんしゃく持ちで人とぶつかってばかりいる。もっとゆったりした心の
持ち主に自分を変えたい。
○自分にはきっと隠れた可能性があるに違いない。それを探して自分を変
えたい。
○自分で自分のような人間が大嫌いだ。とにかく今の自分に納得がいかな
いから、自分を変えたい。
さまざまな宗教団体が、「自己主張できる強いあなたを作ってあげます
」。「感謝の心を忘れないおおらかな人にしてあげます」、「いまこそ自
己啓発のチャンスです」、「納得できるまで、自分を変えてみましょう」、
などと言っています。
もちろん流行の宗教団体の研修に参加しなくても、自分を変えることぐら
いやればできます。要はやる気があるかどうか、です。
しかし、変わってみれば分かりますが、変わるだけでは満足できないの
です。何か満たされないものが残ってしまうのです。
私達の中には、変えることのできる部分と変えることのできない部分が
あります。そして、変えることのできる部分をいくら変えてみたところで、
心の底から納得することなどできないのです。
宗教は道徳ではありません。「気の持ちよう」のことでもありません。
本当に自分に納得するための道です。
変えることのできない部分を明らかに見据え、受け入れる。それがで
きなければ、私達は満たされぬまま終わるしかないのです。
「自分探し」という言葉が流行っていますが、本当の自分探しというの
は、変えることのできない自分に出会うということではないでしょうか。
それは、いかに心を飾ろうとも「欲」の絶えぬ私であり、「縁」に出会え
ばいかなる姿にもなってしまう私であり、そしていつかは必ず死にゆく身
を持っている私です。
じつは「本当の自分」から目をそむけさせようとしているのが新興宗教
であり、直視することを教えているのが浄土真宗(南無阿弥陀仏)です。