「枕経(まくらぎょう:枕勤め)」について
命終の後、お内佛の荘厳を整え、亡骸(なきがら)を安置して、最初に勤め
られるのが枕経(枕勤め)です。普通枕経はお手次のお寺か、御縁の深い近所の
お寺に依頼します。
枕経の由来については、源信僧都の二十五三昧会の「臨終の行儀」の伝統か
らという説や、江戸時代の諸制度の中で、手継ぎ寺の僧が検屍のようなことを行
った折の読経からという説など、いくつかがあるようです。ここでは前者の説に
従って、枕経を考えることにします。
「臨終の行儀」というのは、日頃お念仏の教えに歩む者達の中で誰かが臨終
を迎えようというときに、その仲間達で行う仏事です。いよいよ臨終が間近にな
ったとき、阿弥陀如来を本尊として据えている建物へその者を移して
「頭北面西右脇」
に寝かせ、確かに浄土へ往生するのだ、互いに再び浄土で会うのだ、という
ことを誓い合うのです。
そうすると、枕経を勤める意味あいは、死者が出たときの最初のお参りでは
なく、その人がまだ生きているとした上で、共に勤める最後のお参り、というこ
とになるでしょう。このお参りがすんで初めて、その人は真宗門徒として目を閉
じることが出来るのだ、ということです。
このことは、故人と最後の時を過ごす上で大変意味深いことではないでしょ
うか。今日、ほとんどの人が病院で亡くなります。人生の最後に南無阿弥陀仏の
前に身を据えるということがはっきりしなくなっています。だからこそ、残され
た者ともどもにお内佛にお参りするという形を取るべきだと思います。
枕経に呼ばれていくと、喪主となる方を含めて、ばたばたと立ち歩いている
姿を見受けます。襖一枚隔てた部屋で声高に通夜、葬儀の段取りの打ち合わせな
どをする声が聞こえることも珍しくありません。しかし、この枕経の意味合いを
思うならば、その忙しい手をしばし休めて、その場に居合わせた者全員で、亡き
人の最後のお参りに共に加わるという意識を持ってお参りしていただきたいと思
います。
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