「法名と位牌」について
ここで法名というのはご本山あるいはお手次から出された法名を書いた紙の
ことです。法名そのものについての説明は
「帰敬式」の項
を参照して下さい。
帰敬式を受けると法名がいただけます。ご本山からの法名は木版法名といっ
て、経典の言葉を印判にしたものが捺(お)されています。お手次のご住職が書
かれるものは毛筆で書かれていることと思います。生前に帰敬式を受けていない
場合は後者の法名になりますし、本山からいただいた木版法名を手次のご住職が
書き直す場合もあります。
真宗の場合、法名を位牌の形にはしないことになっています。よく位牌の形
になっているものを見かけますが 、本来の形ではないとご理解下さい。なぜな
ら位牌というのは「死者の霊を祭るために法名を記す板で・・・・存命中の官位・姓名などを記
して神霊に託させる習慣を佛教が依用したもの」(中村元著 『佛教語大辞典』
)だからです。
まず私達真宗門徒は死者の霊を祭りません。死者が霊として残るという考え
方をしないからです。また、存命中の官位(国家の中での地位)など関係ないの
で「位」牌という言い方も適当ではないと考えるからです。
ただ、葬儀壇などに故人の法名を示すことが必要になるとき、白木の位牌に
法名を書いて立たせていますが(
写真参照
)、あれは葬儀屋さんがあのようなものしか用意していないためで、あくま
でも便宜上のものです。あれは位牌とは呼ばないで、たんに法名を記した札とし
て「法名札(ふだ)」とでも呼べばいいのです。ご本山、もしくはお手次の書か
れた法名だけ残ればいいのですから、ああいった法名札は火葬場でお棺の中に入
れてしまえばいいのです。
私達真宗の僧侶は門徒の方々に、故人の法名を残す場合には法名を軸として
装丁することをお勧めしています。法名軸と言います。仏具屋さんや表具屋さん
に頼めば法名を表具してくれますし、何も書いてない法名軸が売られていますか
らお手次の住職さんに頼んで書いてもらうこともできます。また、京都の某佛具
屋さんは中味の差し替え可能な法名軸型の枠を商品化しています(
写真参照
)。
ご法事のときなどはこの法名軸を下げて、あるいは軸台に掛けてお勤めすれ
ばいいでしょう。平常はお内佛の壁に掛けておくなり(参照:
「お内佛のおかざり」
)、巻いてしまっておけばよいのです。お内佛に法名を掛ける意味合いは、
「亡き人を縁として私達が南無阿弥陀仏と向かい合う」ということであり、決し
て祖霊供養ではありません。
位牌というのは、その出自にもあるように「死者の霊を祭るために法名を記
す板」であり、下手をすると本当に霊が宿ったもの、と受け取られかねません。
以前、「家に嫌なことが続くからあるところへ相談に行ったら、『先祖の位牌を
ぞんざいに扱かっとるだろう』と言われ、うちに帰って佛壇をのぞいてみたら確
かに斜め向いていた」などということを聞かされました。そういう因果関係は全
くありませんので、ご注意下さい。(参照:
「先祖供養が気になる方へ」
小松教区布教チラシ)
お内佛の中に位牌が林立しているお宅があったりしますが、そういうところ
に限って佛壇の中全体が埃だらけです。結局自分の中では「死者の霊を閉じこめ
た場所」であり、日頃は近付きたくない場所になってしまっているということで
しょう。馬鹿なことだと思います。「自分の不幸は佛壇の中の位牌の向きのせい
だ」としか考えられない人は、そのこと自体が不幸です。(参照:
「不幸が気になる方へ」
小松教区布教チラシ)
自分に先立って亡くなっていった親兄弟、ご先祖の方々は、私達が阿弥陀佛
の教えに出会う縁となって下さっているのです。その意味で「諸佛」と呼ばれま
す。お内佛に法名をお掛けするのは諸佛としてお敬いすることであり、形の上か
らだけでも、祖霊崇拝の位牌とは区別をつけたいものです。
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