〜赤本(聖典)と白本(新聞)の間で〜




2001年5月27日

その1「生きている理由」   その2「ハンセン病訴訟」

生きている理由

 「死ぬ理由もないけれど、生きている理由もない」という遺書を残して、福岡県の高校2年生の女子が2人で飛び降り自殺をした。東京で行われた、人気グループ「野猿」の解散コンサートの後だったという。

 頻発していた「イジメを苦にして」の自殺とも違うようだ。通う高校の違う2人の共通点は、漫画を描くことだったという。

 件の如き言葉を遺されて娘に死なれた親はたまらんだろうなあ。

 ところでこの「自殺」ということについてだが、私もずいぶんその願望を強く持っていた時期があった。「死んでしまいたい」というよりは「死んでやる」という方の願望であったが、結局自殺を完遂することはなかった。なぜ自分が自殺しきれなかったのか、なぜ自分は死を選ばなかったのか、いま思っても大した理由もないのだが、漠然と、「でもやっぱり生きていた方がいいんじゃないか」と感じてはいた。

 「○○が解散するっていうし、なんとなく、死にたくなって・・・」、それで死んだというのが実際の所なんじゃないだろうか。これからは案外こういう自殺も増えてくるんじゃないかと思う。なぜなら、「あなたが生きている理由は?」と問われて、それに自信を持って答えられる人がいない時代になってきているからだ。

 でも考えてみれば、「死ぬ理由もないけれど、生きている理由もない」というのはゆゆしき理由だ。50年前、100年前、あるいはもっと昔、生きていくということはただそれだけでずいぶんと苦労なことだったろうと思う。今日ほど進歩した医療もなければ、便利な交通機関もない、手軽な通信手段もない、快適な住環境も家電品もない。お手軽な娯楽もなかっただろう。でもそんな時代に、自殺する人が今日ほどいただろうか。

 今日、日本での一年の交通事故による死亡者の総数は約1万人。その3倍の3万人が毎年自殺している。生活の快適さ、すなわち「快・楽」を追い求め、「苦」を生活の中から追い出そうと一所懸命走り続けてきたのが近代だと言えるだろう。それがもう充分以上に行き渡った現代に、これほどまでに自殺が多い。一体どうなっているのだ。

 視知覚に関する現象で「明るさの対比」というものがある。これは私達の目が物体の明るさを感じ取る仕組みから出てくる現象であるが、ある面の明るさを際立たせるのは、その面の絶対的な明るさではなく、周囲の相対的な暗さなのである。全体に一様な明るさの面が広大に広がっていると、私達は何も見ることが出来ない。つまり、「対比」は私達が物を見る時の一番基本的な構図なのである。

 生活の中で比喩的に考えてみると、快と楽に充満している今日の私達の暮らしは、もはや快でも楽でもなくなってしまっていると言えないだろうか。

 「メメント・モリ」。ラテン語らしいが、「死を想え」という意味である。いつかは死ぬ自分であるが、その死を出来る限り現実味のあるものとして、すぐ次の瞬間のこととして想起しつつ、生きていけ、と教えている。それはべつに悲観主義でもなんでもなく、いまこのときを輝かせて生きる方法なのであろう。死がその現実味を失うとき、生もその輝きを失う、ということか。

 ところで、念のため。私は「生きている理由」を問われたとき、そこに理屈として成り立つようなものが必要だとは思わない。が、強いて言うなら、「それが分かるまでは生きていないと、損したような気になるから」と答えればいいんじゃないかと思っている。

ハンセン病訴訟、国は控訴を断念

 今週最大のトピックスはこれだと思う。小泉首相の判断は、人気取りであろうが何であろうが、「よっしゃ!」である。他の点では危うい面もチラホラだが、いまのところ「ええ仕事した!」とカウントできる。原告団の方々、弁護士団の方々、そして支援を惜しまなかった一般の方々に心から敬意を表する。

 授業中高校生に各紙1面トップの記事をコピーして配ったら、「ハンセン病ってなんや?」という反応が多かった。そのくらい、若い人達はハンセン病を知らない。私だって実際の病患者(今回の原告団の方々は既に病患者ではない)を見たことがない。つまり、既に肉体を患う病気でなくなって久しい病気である。それなのに、その病気にかかったこと(後遺症以外)で苦しみ続ける人が今もこれほど多い。

 以前は「らい病」と呼ばれていたが、前世の悪業によって罹る「業病」などとも言われた。チャールトン・ヘストン主演のスペクタクル大作「ベン・ハー」には、この病に侵されて「谷」へ追放された主人公の母と妹の姿が描かれている。あるいは宮崎駿監督の「もののけ姫」にもこの病に侵されていると思われる人々が描かれている。両者に共通することは、人間扱いされなかった、ということである(もののけ姫では、エボシがこの人々を人間として受け入れた、と描かれている)。

 療養所という名の強制隔離施設に閉じこめられ、その必要もないのに断種・不妊手術、堕胎を強いられ、家族からも「死んだ者」扱いされ、さらに治癒の後も故郷へ帰ることすら許されなかった。「らい予防法」の立法当時の医学水準についてはよく知らないが、医学的問題以上にこれは、特定の病者に対する社会的偏見、つまり「差別意識」が強く働いたものである。

 そして極めて有効な薬が開発され、病気が治癒したにも関わらず続いた隔離政策が、元患者の方達をさらに苦しめた。今回のハンセン病国家賠償訴訟は、いつまでも「らい予防法」を撤廃しなかった国会の怠慢を指摘するという画期的判決となった。「何もしないこと」も犯罪的行為なのだということを明らかにしたのである。

 ハンセン病訴訟を巡って、私達大谷派宗門を含む、全佛教関係者も厳しく反省しなくてはならないだろう。なぜなら、療養所で行われる法話では「生かさせていただいていることをありがたく思わなければならない」などという言葉が僧侶の口からいつも出ていたというのである。つまり、自分達が受けている差別には目をつぶれ、ということを押しつけていたようなものなのである。「おかげさま」ということばは時として、何もかもを誤魔化してしまう。

 差別は、「知らなかったんだから、自分は悪くない」と言ってはいけないことなのである。知らなかったとはいえ、自分の無知が差別を温存、助長してしまっていることがある。だから、そんな場合は知らなかったこと自体が罪になると言える。

 私達は、差別されている人の告発を受けて初めて、自分の差別的行為を教えられるのである。きっと今も、何気ない言葉や行為の中で、誰かを踏みつけにしていることだろう。それを思うと、なにか自分というものがいたたまれなくなる。

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