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2001年4月27日
民声網語 〜民に声あり ネット(網)によって語らんとす〜
今回の選挙は「首相公選」を思わせるものがあった。あくまでも自民党総裁の選挙であり、選挙権が自民党員にしかない、しかもその自民党員たることの規定がまことに曖昧、という色々な問題もあったが、永田町の事情だけで行政のトップを決められないという当たり前のことがやっと形を持って表されたのだ。国民の声が永田町を動かしたと言えるだろう。(しかし、いったい永田町とは何なのだ? グロテスクな町だ)
今回の選挙の注目点は、小泉氏の当選ももちろんだが、「民の声」が力を持った、ということではないだろうか。森内閣の折、福田官房長官が記者会見の質問で度々支持率の低さを突っ込まれていたが、この支持率というものも、民の声である。必ずしも森喜朗さん個人に対する支持率ということではなく、森さんがあのような形で首相に任命されてしまう自民党型内閣森バージョンに対する批判であった。
まあ、森さんの首相としての資質云々もずいぶん言われたが、あれも気の毒だった。小渕さんが倒れてしまったあのとき他に適当な人物が居なかったから祭り上げられ、そのことを非難する矛先が森さん個人に向いてしまっただけの話であろう。世論にも八つ当たりがあると言うべきか。
ところで今日、私達は自分自身の声を世界に向けて発信する道具を手にしている。インターネットがそれである。新聞、雑誌、書籍、テレビ、ラジオ、というのがグローバルな情報発信手段である時代が長く続いたが、この2〜3年の間に情報伝達の手段は劇的に様変わりした。受ける側も送る側も、居ながらにして情報を扱うことが出来る。しかも原則的にそれらの情報はネット全体に公開されており、出版・印刷物にあるような「発行部数」という制限がない。これは印刷・郵送などの資金に余裕がない発信者にとっては大変便利なメディアであり、受信する側にとっても色々なメリットがある。
これまでにも、草の根の運動というのがあった。べつに特定の団体のことを言っているのではなく、小さなグループの中であっても、自分達の信念から様々な活動をしているものを指している。教育に関することや、環境問題に関することなど、自分達の身近な問題について主体的に取り組んでいるものである。なぜそれが草の根と言われるかと言えば、規模が小さく、あまり目立たず、しかししっかり根を張っているからであろう。
このような運動は、今日の社会状況の中にある様々な問題に対して、「大きく変える力はなくても、せめて自分一人のささやかな抵抗ぐらいは」という意識を呼び起こすことが出来るだろう。そしてインターネットは、そのような草の根運動の問題意識を全体で共有することが出来る可能性を与えてくれた。小さな力を結集して大きなうねり、力に変える可能性を秘めていると思う。
このところずっと、「神通」について考えている。実は教区の佛教青年会での学習会で本願文を読んでいるのだが、いま六神通の所をやっている。神通というのは神通力のことで、仏が持つとされる超能力、と言えば分かりやすいだろうか。大無量寿経の四十八願では、極楽に生まれた衆生にはこの六神通を授けたいと願われている。特にそのうちでいま考えているのが天眼通と天耳通である。
天眼通とはすべてのものが見えている目、天耳通とはすべての音が聞こえている耳、である。如来はこの力を私達に「持て」と言っているのでなく、「授けたい」と言っておられる。それはその力が私達にとって必要なものであるということを教えていると同時に、私達の力ではそれを全うすることが出来ないことを明らかにしている。つまり如来は私達に、「必ず見えていないものがあるよ、聞こえていないものがあるよ、だから見ようとし続けること、聞こうとし続けることを忘れてはいけないよ」と教えてくれているのである。
神通の「通」は「〜し通す」という意味であると同時に、「通じ合う」の意味でもあろう。平野修先生はそのことを「愛」の現れと捉えておられた。
見ようという思いはあってもなかなか見ることの出来ないものがあるし、聞こうと思っていてもなかなか聞くことのできない声もある。それがインターネットという道具によって見ること聞くことが出来るようになってきている。これまで社会的弱者と呼ばれてきた人達の姿や声を受け取ることが出来るようになった。
しょせん、娑婆は極楽にはならない。天眼も天耳も私達には備わっていない。しかし見ようとする意識、聞こうとする意識を持つ限りは、昔に比べて格段に広い世界に触れることが出来るようになったと言えるだろう。それも一つの「解放」である。
話を冒頭の領域に戻すと、これまで一般国民は政治的弱者であった。国政の実権は一部与党の派閥の領袖に握られていた。しかしこれからは彼らに民の声を聞かせる番だろう。非営利の団体が民の声の掲示板を運営するのも面白いし、インターネットでの投票によって「ただいまの○○派(派閥)支持率」などというものを見せるのもいい。
民にも声がある。そしてその民はいまや全国規模で互いの意志を通わせあえ得る道具(ネット)を手に入れた。なんとかこの道具をうまく使って、民が永田町をコントロールすることができないだろうか。