〜赤本(聖典)と白本(新聞)の間で〜




2001年2月28日

原潜事故と臓器移植

 アメリカ海軍の原子力潜水艦が愛媛県の水産高校の実習船「えひめ丸」と海上で衝突して、えひめ丸が沈没、乗り組んでいた実習生や乗組員の合計9人が行方不明になった。船内に閉じこめられたままだとすれば、生存は絶望であろう。行方不明者の家族を始め、関係者、さらには日本国民の多数がえひめ丸の引き揚げを強く望んでいる。

 強く望んでいる、と言うよりは、「引き揚げるのが当たり前だろうが!それも全額アメリカの負担で!」という意識である。わたしもそうだ。まあ話し合いの上で日本が幾ばくかの経費を負担することになっても文句は言わないが、とにもかくにも「引き揚げは当然」、と思っていた。

 ところがアメリカ国内でのこの事件に関するインタビューを聞いて、必ずしも「引き揚げは当然」という意識がないことに少なからぬショックを憶えた。インタビュアーが街を行く人に今回の事件について質問すると、ほとんどがアメリカ原潜のミスであるということを認め、謝罪すべきであると答えた。しかしえひめ丸の引き揚げに数十億円の経費が掛かると聞くと、「そんなことはするだけ無駄だ。遺族への補償に充てる方がよほどましだ」と答える。もちろん沈んだ船体の中に行方不明者が閉じこめられているかもしれないと知ったうえでの答である。

 アメリカ国民の総意、ではなくあくまでもそう考える人の割合が比較的日本より多い、ということなのだろうが、人の死をどう捉えるかということがずいぶん日本とは違うのだなあと思わされた。死んでしまったことは確実なのだから、そんなものを引き揚げても仕方がない、という発想なのだろうか。

 「生存は絶望的」という状況の認識、あるいは実際に水中カメラで遺体が確認されたということがあったとしても、それだけで「肉親の死」を受け入れることが出来るかというと、日本人はそのような文化の中にはいない。遺体を目の前にして、あるいはじかに触って、冷たくなってしまっていることを肌で確認し、時としては泣くだけ泣いて、二日も三日もその遺体の間近に過ごして(通夜)、公の弔いの儀式をつとめ(葬儀)、荼毘に付して骨を拾い、墓に納めて・・・という時間の中で、徐々に死を受け入れていくのである。

 他人の死についてはいざ知らず、肉親の死は、医学的に決定されるものではなく、主観的に認知されるべきものであり、その認知に関しては他者が口出しすべきではない聖域とされるべきである。日本では暗黙のうちにだれもがそれを認めている、というか当然のこととされてきたため、その認知が行われる以前に、息絶えたとはいえ肉親の体に危害を加えることを忌み嫌う。脳死を前提とした臓器摘出に抵抗感があるのはそのためであろう。

 だが彼の国、アメリカは世界に名だたる臓器移植推進国家である。その大前提は、「脳死は人の死」と認めていることなんぞにあるのではなく、「死とは客観的なもの」と認めていることにあるのではないか。客観的なもの、とは「その個体の状況によって決定されるもの」という意味である。つまり脳波が止まったとか、船に閉じこめられたまま沈んで1週間以上経つとか、ということである。それ以上に死の認知があるわけではなく、まことに合理的というか、ドライと言わざるを得ない。

 ご家族の方々にとって、行方不明者はいまだに生存しているのである。船の中に閉じこめられているとしても、まだ生きているのである。海底に置き去りにしておいてはいけない。アメリカの人々には、日本には日本独自の死生観があることを尊重してもらいたい。

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