〜赤本(聖典)と白本(新聞)の間で〜




00/12/15

クリスマスの名称変更を!

 「クリスマス」は、キリスト教徒がキリストの生誕を祝うお祭りであり、れっきとした宗教行事である。クリスチャンはこの日(12月25日)を祝い、その前夜を「イヴ」としてまた楽しむ。イヴの晩には子供の枕元に綺麗に包装したプレゼントを置いて翌朝の子供の笑顔を楽しみにする。このクリスマスプレゼントの風習も、キリスト教の聖者「セント・ニクラウス(サンタクロース)」の故事に基づく。

 故事に基づく、と言ってはいるが、赤い服を着たサンタクロースがそりに乗ってやって来て煙突から入り込む、などというイメージは19世紀のアメリカで作られたらしい。

 クリスマスそのものも世界各地のいろいろな伝統行事をその前身として出来上がってきたもので、もとは各民族の何らかのお祭りであったのだ。

 そこで言いたいのだが、日本人のクリスマスバカは、見ていて恥ずかしい。街のクリスマス商戦もばかばかしいし、オモチャを買ってもらえると期待するガキにも腹が立つ。「メリー・クリスマス」と高級ホテルでお食事をしている連中も、何だかなあ、と思うし、繁華街のイルミネーションは、エネルギーの無駄遣い以外のなにものでもない。

 だいたいがクリスマスの本番は、25日のミサなんじゃないのか。クリスチャンなら必ず教会へ神父(牧師)さんのお話を聞きに行くだろう。日本では、宗教的背景から完全に切り離されたイベントとしてだけのクリスマスイヴだから、25日は「はい、お片づけ〜」だ。急いで年末年始の商戦に突入しなければならない。

 年末のバカ騒ぎをやめろ、と言っているのではない。経済効果が充分にあること、今の時代はそういうことが大事なことも分かる。しかし、クリスチャンのお祭りを、中味を何も知らずに「その日」だけを乗っ取るようにして羽目を外すのは恥ずかしい、というのだ。

 日本の伝統に基づいたお祭りにすればいいではないか。年末に何か羽目を外す大義名分は、あればそれに越したことはない。例えば「冬至」。ちょうど時期も頃合いだし、カボチャに縁がある日だから、「パンプキンクリームケーキ」とかを食べてもいいだろう。あるいは「山祭り」。私の住む地域の、山に近い集落では、いまでも本格的に雪が降り出す前に「山祭り」をする。一年の締めくくりの行事で、神事ではあるが、クリスマスなんぞよりはよっぽど日本の風土にとけ込んだお祭りである。

 ちなみにわが家にはクリスマスはありません。そのかわり、というわけでもありませんが、「花祭り」があります。お釈迦様がこの世にお生まれになられたことを祝う、仏教徒のお祭りです。わが家の子供にはこの日と、「報恩講(ほんこさん)」と、お誕生日に、欲しいものをプレゼントしてあげることにしています(高価なものではありませんが)。

 もう舶来のお祭りにうつつを抜かすことはやめにしませんか。ボジョレ・ヌーボーにしたって、「あんなもんを喜んで飲む奴の気が知れない」と本当のワイン飲みは思ってますよ。中味の貧しさをさらけ出すだけだから。

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