〜赤本(聖典)と白本(新聞)の間で〜




00/08/05 「わがこころのよくてころさぬにあらず」

 偶然の一致であろうが、3件とも17歳の高校生だという。同級生から5千 万円を恐喝したグループ、「たまたま戸が開いていた家」の女性を刺殺した生徒 、そして西鉄の高速バスを乗っ取り、乗客の女性を刺殺した生徒。

 新聞での記事やワイドショーの報道を見ると、恐喝グループの中心的人物は 、中学時代は登校拒否症状があり、かなり無理をして学校へ通っていた時期があ ったという。後2件の容疑者は「優等生」であったと同時に、同級生からのイジ メを受けていたとある。高校生となる年代、そして学校という社会、周囲を取り 囲む大人達、そういった様々な要因が縁となって起こった事件である。

 北陸中日新聞に、5千万円恐喝事件のかなり詳しい状況が連載で報告されて いた(『あいつは奴隷だった』)。詳しい内容は実際に読んでいただければ分か るが、私は加害者の高校生の置かれていた状況に共感を覚えるのである。もちろ ん彼の心理のすべてを理解するわけではないし、彼の所行を容認するわけでもな い。しかし、「彼のような状況に置かれていたら、自分だってやっていただろう な。絶対していないとは断言できないな。」と思うのである。

 話は変わるが、最近の子供向けアニメ番組は少々戦闘シーン、殺人シーンが 多すぎはしないだろうか。先日何気なしに娘と見ていた番組でいきなり血しぶき が飛び、人の首が転がり、殺した人間がにやにやしているシーンがあった。たま らずに「おい、これ駄目だよ」とテレビを切らせた。凶悪犯罪が多発する背景に はこのような凶悪行為の非非日常化(まれにしかないことではなくなってしまっ ている、ということ)があると思われる。「人を殺してみたかった」という殺害 の動機がそのことを暗示しているではないか。

 こんなマンガを平気で垂れ流すテレビ局の神経もどうかしているが、それも これも「視聴率」という化け物に追われている編成局の大人達の生き残り戦術な のだろう。原作のマンガは少年向け週刊誌に載せられているし、同様の週刊誌に 随分とセクシーな女性がふんだんに描かれているマンガもある。これも出版社、 作者の「売れればいい」という営業戦略なのだ。親としては「こんなものに子供 が日常的に触れているのは怖いなあ」と思わせられる。

 そうなのだ。結局この社会は自分さえ生き残ればいいと考え、青少年すら食 い物にしようとしている大人が歪めているのだ。その歪みは、ちょうど火山が地 下のマグマのストレスを受けて噴火するように、弱い部分から吹き出しているの だ。

 今となっては病床にある小渕前首相が「運が悪かった」発言で野党からずい ぶんと攻撃されたが、我々が青少年期に反社会的、犯罪的行為の加害者とならず に済んだのはまさに、「運がよかった」だけの話ではないか。「たまたま運のよ かった人が、運の悪かった人を責めることなどできはしない(中山千夏)」。

 このような青少年の凶悪犯罪を聞くと、必ず「親は何をしていた」と言われ る。もちろん親には大きな責任がある。どこかで毅然として我が子に社会のルー ルや命の尊さを教えておかねばならないだろう。しかし、すべての親が100%親 としての役割を果たせるとも限らない。となれば、地域社会の大人が皆少しずつ 若い世代の人を育てなければならないということである。しかし一方、恐喝した 金で豪遊している高校生に対して意見した大人はほとんどいなかったという。無用なトラブルに巻き込まれたくはないだろうし、金さえ貰えばあとはどうでもい い、ということでもあろう。でも、本当に、それでよいのだろうか。

 少し話がそれてしまったが、犯罪を犯した少年だけが犯罪者として扱われる べきではないということを言いたい。もちろん、彼らの行いは法律によって裁か れなければならないし、それなりの謝罪、処罰、処置は当然である。しかし特に 犯罪的行為を為してはいないと自分で思っている我々が、彼らと自分を違う領域 に置いてしまうことはおかしい。同じ社会に生きる、同じ人間として、彼らの立 場に私達が立たないという保証はない。そのことを忘れての処罰、対策は決して 同様な事件の防止にはならない。

 歎異抄の第十三章に親鸞の、「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるま いもすべし」という言葉が伝えられている。人間は自分の思い一つでよいことを しようと思えばそれが出来、悪いことをしないでおこうと思えばそれをせずに済 むか、というとそんな存在ではない、ということを言っている言葉である。まさ に私達は、「どんなことをもしてしまいかねないものである」。だからたまたま 自分が人を殺すようなことをしていないと言っても、それは私の心がけがよいか らではない。先の言葉の少し前にはこの言葉が伝えられている。「わがこころの よくてころさぬにあらず」。ではこの言葉の次に親鸞のどんな言葉が続くかご存 じですか?

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