口で言う幸せ
口で言う幸せ

悩み事、全然ないのって言う人に限って、沢山悩んでたりするでしょう?私は自分のことよく「幸せよ」って言うけど、人によっては「無理しちゃって」と思ってるかもしれない。
私がなぜ「幸せよ」と言葉で言うのかというと、一見不幸そうに見えるから、病気して可哀想って思われるからなの。だから、わざと口で言うの。不幸に見られたままじゃ嫌だもん。口で言わないと分からない人いるし、分かってもらいたいし、なによりも私、不幸でないもん。
私は杖をついての初めての行動が点訳ボランテイアでした。その時、ある人に「今、どういう生活しているの」と聞かれたので、「点訳だけ」と答えたのです。そしたら「寂しいね」という返事が返ってきたのです。
実は私、その時、楽しくて楽しくて仕方がなかったのです。やっと杖にも慣れて、週一回バスに乗って、皆と「こんにちは」とか「暑いですね」とか普通の会話うぃて、勉強して私にも点字が打てたと喜んで、帰りに寄り道して洋服買ったり。
そして来週のために宿題して、すごく毎日楽しかったの。でも忙しい人から見ると、たった週一回の点訳という私の生活がつまらなさそうに見えたのだと思うのです。私、毎日する事がいっぱいというのがいい生活とか限らないと思うの。現に私がそうだから。週一回の点訳で楽しい日々送ってるもん。
私の生活を「寂しい」とか思われるので、こういうときもやっぱり口で言わないと分かってもらえないのかな。
ある時、ある病院のリハビリの先生が、私の足を動かしながら「あまり楽しいって思うことないでしょう?」って言うのです。私、びっくりしてしまいました。聞き違いかと思って、もう一度聞いたらやっぱり同じことを言ったのです。私、驚いて「えーー」って顔してたのだと思う。先生慌てて、「あっ、そうでもないか」と言いました。そういうふうに見られてたというより、そう思ってここにいる患者さんたちと訓練してたのだと思うと先生の心を疑ってしまいました。
その頃、入院中の夢であった”もう一度自分の足で歩きたい”と言うのがかなって嬉しいときだったのです。ふらふらであぶなっかしい歩き方だけど歩けるようになった頃でした。廊下を歩いていても看護婦さんに「大丈夫?気をつけてね」って言われると必ず「ふらふらだけど歩くの嬉しくて楽しくて・・・」と言っていました。
でもリハビリの先生には何も通じてなかったみたいです。体の一部がすこし悪いだけで、嬉しいことがすべてなくなるはずがないのに。先生知らないのかしら。

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